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ビデオカメラ最新製品、その傾向と課題麻倉怜士のデジタル閻魔帳(3/3 ページ)

» 2009年08月12日 11時00分 公開
[渡邊宏,ITmedia]
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――最後は手ブレ補正効果を高める新モードを搭載した“iVIS”「HF21」「HF S11」を投入したキヤノンです。

麻倉氏: キヤノンは“iVIS”「HF21」「HF S11」と2モデルを用意しましたが、春モデルからあまり変化がありません。新たに、焦点距離にかかわらず、手ブレ補正機能を最大可動範囲で稼働させる「ダイナミックモード」と、不自然な増感を避けることで暗所画質を高めるシーンモード「夜景」が追加されています。いずれもソニー対策ですが、いささかパンチに欠ける印象ですね。

photo 「HF S11」

 ブレ補正については根本的な解決策ではありませんし、撮像素子は既存製品のままですからシーンモードの追加も根本的な解決ではありません。これから同社がすべきことはソニー以上の性能を持つ撮像素子を自社開発することであり、高速AFの性能保持・向上や手ブレ補正の強化も当然、平行して行わねばなりません。高感度の新CMOSはいま大急ぎで開発中と聞きますし、技術力のある会社なのですから、これらはきっとできると思います。

 新製品の画質ですが、得意分野の明部の表現力はとても素晴らしいです。細密感では業界ナンバーワンです。一方、室内ではかなりノイズリダクション気味な、のっぺりとした質感になります。この差はなんでしょう。外測センサーを独立させたAFは確かに高速なのですが、ズームアップの時に、いまひとつこなかったり、フォーカスポイントがデジタル的にジャンプするような効き方を見せることもあります。今後は動きが速く、しかも滑らかな確実・俊足AFに期待したいですね。

 これまでキヤノンのビデオカメラは「撮像素子」「画像処理エンジン」「レンズ」を自社生産することで我が道を進み、他を圧倒する高画質を実現してきました。ですが、ここしばらくはソニーの後塵(こうじん)を拝してしまっています。ぜひ奮起し、「総合画質No1」の座を目指して欲しいと思います。


麻倉氏; 登場した新製品を眺めていると、フルHD/AVCHD/メモリタイプという要素はほぼ横並びになってしまっていることが分かります。各社が独自の価値観、画質感、質感、デザインを自信を持って提案し、ユーザーが選択を楽しめるようにならないと、市場は大きくなりません。現在、ビデオカメラ市場が縮小傾向にあるのは、はっきり言って「もの作り」の発想が枯渇しているからです。

 これからのビデオカメラは、「徹底的にキレイ」「徹底的に使いやすい」「徹底的に違う」など、“徹底的”な何かをしていかないと消滅してしまうのではと、やや悲観的な気持ちにもなってしまいます。ただ、“ヒント”はあります。

 製品ジャンルは異なりますが、オリンパスのデジタル一眼カメラ「オリンパス・ペン E-P1」は従来に無かった「価値観」と「ポジショニング」「デザイン」を提案することで、成功したプロダクトだといえます。

photo

 写真にしろ映像にしろ「あるがまま」を撮るならば、現在の製品はある程度の基準に達しており、そうなると撮影者は「自分だけの世界」も作りたくなるものです。E-P1には撮影した写真/映像にフィルターをかける「アートフィルター」が用意されており、わたしもよく利用します。

 製品としての記憶色指向が問題なのは、利用者がその色彩であることを望んでいないという事態が考えられるからです。一方で、「アートフィルター」は利用者が望んで適用するので楽しいと感じられるのです。E-P1はその機能や性能、画質ともに素晴らしいと思いますが、写真にどれだけ自分の意図を込められるかという表現機器としてが、最も優れていると感じます。

 E-P1がデジタル一眼レフとコンパクトデジカメの中間的な存在だとすれば、いまのビデオカメラはまだコンパクトデジカメの領域にとどまっています。プロ向けの製品もあるのですが、プロシューマの要望に応えられ、なおかつ、撮影者の意図、意向を反映させることのできる表現機器としての力を持った製品は実はまだ存在していないのです。

 デザインでいえば、E-P1には「持っていたい」「審美したい」とも感じさせる魅力に満ちています。ビデオカメラには少数の例外こそあるものの、デザイン的に“手にしたい”と思わせるデザインの製品は残念ながら存在していません。

 E-P1にはフラッシュもないですし、光学ファインダーもありません。スペック表を眺めるとないものは多いです。ですがこれだけの魅力にあふれています。これから、E-P1のような必要なものを残すためにぜい肉をそぎ落とす、“引き算の発想”がビデオカメラへ求められているのかもしれませんね。特にシャッターを押した時の音と感触は、実に官能的で、指先がジーンと来てしまします。ビデオカメラにもそんなセクシーさが欲しい。つまり赤ちゃん指向でない、“大人のためのビデオカメラ”が欲しいのです。

麻倉怜士(あさくられいじ)氏 略歴

 1950年生まれ。1973年横浜市立大学卒業。 日本経済新聞社、プレジデント社(雑誌「プレジデント」副編集長、雑誌「ノートブックパソコン研究」編集長)を経て、1991年にデジタルメディア評論家として独立。自宅の専用シアタールームに150インチの巨大スクリーンを据え、ソニー「QUALIA 004」やBARCOの3管式「CineMAX」といった数百万円クラスの最高級プロジェクターとソニーと松下電器のBlu-ray Discレコーダーで、日々最新AV機器の映像チェックを行っている、まさに“映像の鬼”。オーディオ機器もフィリップスLHH2000、LINNのCD12、JBLのProject K2/S9500など、世界最高の銘機を愛用している“音質の鬼”でもある。音楽理論も専門分野。
 現在は評論のほかに、映像・ディスプレイ関係者がホットな情報を交わす「日本画質学会」で副会長という大役を任され、さらに津田塾大学の講師(音楽史、音楽理論)まで務めるという“3足のワラジ”生活の中、精力的に活動している。

著作


「オーディオの作法」(ソフトバンククリエイティブ、2008年)――音楽を楽しむための、よい音と付き合う64の作法
「絶対ハイビジョン主義」(アスキー新書、2008年)――身近になったハイビジョンの世界を堪能しつくすためのバイブル
「やっぱり楽しいオーディオ生活」(アスキー新書、2007年)――「音楽」をさらに感動的に楽しむための、デジタル時代のオーディオ使いこなし術指南書
「松下電器のBlu-rayDisc大戦略」(日経BP社、2006年)──Blu-ray陣営のなかで本家ソニーを上回る製品開発力を見せた松下の製品開発ヒストリーに焦点を当てる
「久夛良木健のプレステ革命」(ワック出版、2003年)──ゲームソフトの将来とデジタルAVの将来像を描く
「ソニーの革命児たち」(IDGジャパン、1998年 アメリカ版、韓国、ポーランド、中国版も)──プレイステーションの開発物語
「ソニーの野望」(IDGジャパン、2000年 韓国版も)──ソニーのネットワーク戦略
「DVD──12センチギガメディアの野望」(オーム社、1996年)──DVDのメディア的、技術的分析
「DVD-RAM革命」(オーム社、1999年)──記録型DVDの未来を述べた
「DVD-RWのすべて」(オーム社、2000年)──互換性重視の記録型DVDの展望
「ハイビジョンプラズマALISの完全研究」(オーム社、2003年)──プラズマ・テレビの開発物語
「DLPのすべて」(ニューメディア社、1999年)──新しいディスプレイデバイスの研究
「眼のつけどころの研究」(ごま書房、1994年)──シャープの鋭い商品開発のドキュメント


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