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» 2012年06月20日 00時43分 UPDATE

山形豪・自然写真撮影紀:自然写真とレンズの選択

どんなジャンルの写真でも適切なレンズの選択は重要な課題だが、野生動物撮影現場では即応性が要求されるため、選択を誤ると痛い目にあう。

[山形豪,ITmedia]

 2009年10月、薄曇りのある日、私は南アフリカのクルーガー国立公園で取材を行っていた。その日は早朝からあまりめぼしい被写体に出会えておらず、車を運転するうちに太陽は頭上に到達していた。昼間は動物にとっても人間にとっても一番ダルい時間帯だ。

 そんな時だった。ふと道端に目をやると、草の間にうずくまる黄色と黒の毛の固まりが視界へ飛び込んできた。一瞬状況が飲み込めず、それがヒョウであると気付くまでにわずかながら時間がかかった。昼日中、超至近距離でヒョウに遭遇するなどめったにない出来事なのだ。

 たちまち眠気は吹っ飛び、心拍数が一気に上昇した。すぐさま撮影態勢を整えねばならないが、急停車すると相手が驚いて逃げてしまう。そこで、まずはそのままやり過ごし、数十メートル先まで行ってから車をゆっくりと反転。時速10キロ程度で進みながら、ヒョウのいた地点の少し手前でギアをニュートラルに入れ、惰性が残っているうちにエンジンを切った。こうすることで、より静かに動物に接近できるのだ。

 緊張と興奮で心臓が飛び出しそうだったが、初期対応自体は完璧に近かったと言ってよいだろう。その証拠に、相手は逃げずに同じ場所に留まっていた。しかし問題はここからだった。「70-200mmの画角で、丁度収まりがよいだろう」と判断し、いざカメラに手を伸ばすとD300に装着されていたのは、500mm/F4の単焦点レンズだった(普段はゴーヨンの使用頻度が一番高いのだ)。

 このレンズの最短撮影距離は約5メートル。しかもD300はよりにもよってDXフォーマットだから画角は750ミリ相当。なのに相手は目の前。これではもし合焦範囲内だったとしても目しか写らないかもと思ったが、ターゲットはいつ姿を消すか分からない。このタイミングでカメラを持ち替えるのはリスクが高過ぎると考えながら、ファインダーをのぞくと案の定、顔面どアップだった。

photo D300に500mm/F4で撮ったヒョウ 1/1250 f4 ISO800

 ところが、数枚シャッターを切ってもヒョウは逃げなかった。それならばとD700の方を手にすると、そちらに付いていたのは超広角ズームの17-35mm。「何で70-200mmが付いていない?!!」と心の中で叫んでみても後の祭り。手持ちのボディはこの2台のみ。相手の表情が相当緊張していることから見て、あまり時間は残されていない。仕方がないのでとりあえずこれもこれでシャッターを切って、それでも逃げなかったらレンズを交換しようと思ったが、願いはかなわず、3カットほど撮ったところでヒョウはヤブの向こうへと姿を消したのだった。

photo D700に17-35mm/F2.8で撮ったヒョウ 1/4000 f5 ISO1600

ちなみにこの場面で撮りたかった「絵」は下の画像のようなものであったが、肝心の70-200mmのレンズは助手席の上に転がったまま、結局使えずじまいに終わり、己の間抜けさを呪ったのであった。普段ボディ2台体勢の時は、500mmと70-200mmをデフォルトとしているのだが、この時はその直前に風景を撮影し、元に戻していなかったのが敗因だった。即応性を要求される現場で準備が悪いと、こういう目にあう(画像は17-35mmで撮ったものを猛烈にトリミングしたサンプル)。

photo 本当は70-200mm/F2.8でこう撮りたかったヒョウ

 野生動物の撮影は、いつ何時、どんな距離で良い被写体に出くわすか予想できないケースが多い。そして当然ながら同じ場面でもレンズの焦点距離によって切り取れる絵が違う。そのため、最高画質のレンズであらゆる画角を常にカバーできるのが理想だ。しかし、愛用するニコンの機材でそれを実現するには、5台のボディと14-24mm/F2.8、24-70mm/F2.8、70-200mm/F2.8、200-400mm/F4、そして500mm/f4あるいはは600mm/F4が必要となる。

photo 結局、この時には出番のなかった70-200mm/F2.8。その手前は500mm/F4

 これは願望を通り越して完全に妄想の領域である。金を湯水のように使える人間ならいざ知らず、私のように航空会社のエコノミークラスで課せられる重量制限と格闘しながら海外で撮影をしている人間にとっては、ボディ2台(かなり頑張って3台)にレンズ4〜5本が限界なのだ(この問題に関しては以前山形豪・自然写真撮影紀:500ミリが標準の世界にも書いた)。

 高倍率ズームを使えばよいのではという意見もあろうが、現在市場に出ているものは、どれもAFの合焦速度や画質、耐久性といった点で不満が多い。すべての焦点距離で最高画質を確保できる超高倍率ズームレンズの登場を待ちわびて久しいが、それが無理ならせめて高画質の24-300mm/F4と300-500mm/F4があればいいのにと思う今日このごろだ。

著者プロフィール

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山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら

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