普段アフリカのフィールドでは、野生動物や風景を主な撮影対象としているわけだが、まれに人物にもカメラを向けることがある。正直なところ、生活様式が西洋化してしまった人々にはあまり興味がない。しかし、ナミビアにはいまだに古くからの伝統生活を維持している人々もいる。ヒンバ族という遊牧民もそんな一例だ。
・ナミビアへの誘い その2 オットセイのコロニーとサケイの群れ
ヒンバ族の人々が暮らすのは、ナミビア北西部のカオコランドと呼ばれる乾燥地帯だ。土地がやせており、降雨量も少ないため農業には適さず、人口密度は極めて低い。そんな厳しい環境で、牛を中心とした家畜の遊牧を生業とするヒンバ族は、数々の独特な風習を持つことでも知られている。
その最たるものは何と言っても女性たちの肌の色だ。ヘマタイトという赤い岩石を石臼で粉末状に砕き、牛の乳から作ったバターと混ぜ合わせたものを体中に塗っているのだ。これにより、かなり遠くからでも一目で分かる赤茶色をしている。また、髪型も独特で、男女ともに髪の毛の編み方や頭に乗せている装飾品の違いで、その人の年齢層、既婚か未婚かなどが分かるようになっている。
中にはとても「痛い」風習もある。10歳から12歳くらいになると、ヒンバの子供たちは皆、下の前歯を折らねばならないのだ。これは社会の一員となるために必要な儀式とされており、硬い木の棒を歯に当て、その反対側を重い石で打つという、聞いただけで身の毛がよだつような方法で行われる。
遊牧民にとって、家畜は最も大切な財産である。そのため、ヒンバ族の村の中心には必ず牛たちを入れるための囲いがある。その周りに人の住居が建てられるのだ。住居は、木の枝で作ったドーム型の構造物に牛糞を塗り固めて作られる。中には暖をとるための火を炊く「囲炉裏」があり、その周りに雑魚寝をするようになっている。出入り口以外に換気口がないため、家の中は常に煙とバターの匂いが充満している。
撮影のために村を訪れる場合、まずは村の長からの許しを得る必要がある。大体は幾ばくかの現金か、砂糖やトウモロコシの粉といった食料を先方に渡すのだが、彼らは英語を話さないため、交渉に際しては英語とヒンバ語のしゃべれる通訳を連れてゆかねばならない。また、様々なしきたりや犯してはならないルールがあるため、ガイド兼通訳は不可欠だ。しかし、一度許可を取ってしまえば、ヒンバの人々は極めて写真に寛容なので、撮影はとても気楽に行える。
ちなみに、6月13日出発の、私がガイドを務めるナミビア・ツアーでも、ヒンバ族の村を訪れる予定となっている。今回はどんな写真が撮れるかとても楽しみだ。ただし、一抹の懸念もある。と言うのも、今や西洋文明やテクノロジーのもたらす変化は、アフリカ大陸の辺境においてすら止めようのない流れとなっている。
ケニヤのマサイ族が牛の値段を調べるのに携帯電話のSMSを利用する時代である。これまで比較的外界から隔絶されていたヒンバ族の生活圏にも、道路が引かれ、都市部から人や物資がどんどん流入している。もちろん、そのような変化を彼らが望んだのであれば、外野がとやかく言う筋合いのものではないのだが……。
さらに、伝統文化が「見物」の対象となることで、その文化自体に悪影響をもたらしたケースは決して少なくない。観光客から現金をせびるために、祭りでもないのに着飾って道路端で飛び跳ねるマサイ族の若者を、東アフリカでは何度も目撃してきた。とても悲しい光景だったと言わざるを得ず、ヒンバ族の人々の同じような姿は見たくないと思うのである。少数民族の伝統や生活様式の存続を一方で望んでおきながら、他方では写真を撮りたいという欲求が、破壊をもたらす要因となる可能性をはらんでいるのだから、因果な職業だとつくづく感じる。
山形豪(やまがた ごう) 1974年、群馬県生まれ。少年時代を中米グアテマラ、西アフリカのブルキナファソ、トーゴで過ごす。国際基督教大学高校を卒業後、東アフリカのタンザニアに渡り自然写真を撮り始める。イギリス、イーストアングリア大学開発学部卒業。帰国後、フリーの写真家となる。以来、南部アフリカやインドで野生動物、風景、人物など多彩な被写体を追い続けながら、サファリツアーの撮影ガイドとしても活動している。オフィシャルサイトはGoYamagata.comこちら
【お知らせ】山形氏の著作として、地球の歩き方GemStoneシリーズから「南アフリカ自然紀行・野生動物とサファリの魅力」と題したガイドブックが好評発売中です。南アフリカの自然を紹介する、写真中心のビジュアルガイドです(ダイヤモンド社刊)
山形氏がガイドを務める、ナミビアへの撮影ツアーが6月に予定されています。ご興味ある方は、アフリカ専門旅行代理店「道祖神」に掲載されている、「山形豪さんと行く ナミビアの大自然と民俗 11日間」をご覧ください。
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