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アフリカで撮影地を決める基準山形豪・自然写真撮影紀

» 2015年05月08日 13時00分 公開
[山形豪ITmedia]

 アフリカ大陸の南部は、豊かな自然に彩られた地域だ。大きな逆三角形を描く海岸線の西側には南大西洋の冷たいベングエラ海流が、東海岸にはインド洋の温かいアグラス海流がやってくるため、同じ緯度でも南部アフリカの西と東では気候が大きく異なり、自然環境の違いは顕著だ。

 例えば、南アフリカ共和国の南西端に位置するケープタウン周辺の海にはペンギンが住んでいるかと思えば、東海岸を少し北上すれば珊瑚礁の広がる海があるといった具合だ。陸の生態系も差が大きく、西側にはナミブ砂漠に代表される極度に乾燥した大地が、東側には温暖、湿潤なサバンナが広がっている。南部アフリカは赤道から遠く離れているため、大陸中央部のような熱帯林地帯はないものの、生態系は実に多様で、自然写真家が被写体に困ることはない。

ケープペンギン ケープタウン周辺の冷たい海に生息するケープペンギン。ニコンD300+AF-S 500mm f4 D II, 絞り優先オート(F5、1/4000秒)、ISO800、-1.0EV
ナミブ砂漠 南部アフリカ西岸に広がるナミブ砂漠。ニコンD800+AF-S 24-70mm f2.8G、絞り優先オート(F2.8、1/6400秒)、ISO500

 この15年間、そんな南部アフリカの南アフリカ、ナミビア、ボツワナの3カ国を、主なフィールドとしてきた。しかし、広大なアフリカの中で、わざわざ南部に的を絞るようになった理由は、自然の豊かさだけではない。例えば、ライオンやゾウなどサバンナの大型野生動物が生息するという条件のみで撮影地(国)を選ぶなら、ケニヤ、タンザニア、ザンビア、ジンバブエなど、前述の3カ国以外にも選択肢は存在するし、もともとタンザニアに住んでいた頃に写真を撮り始めているので、東アフリカにだって愛着はある。だが日本から毎年数カ月アフリカに戻り、単独で撮影を続けるには、クリアせねばならない問題や考慮すべき点がいくつかある。

 1つ目の課題は、現地での移動/滞在にかかるコストをいかに抑えるかだ。何しろフリーの写真家である以上、フィールドワークの大半は自腹で行うしかない。しかも、行き先が発展途上国ならば安上がりになるかというと、必ずしもそうではない。むしろ経済基盤が脆弱で、インフラ整備を進める力のない国々では、撮影地にたどり着くだけで大きな苦労をすることのほうが多い。

 ただでさえ自然写真のフィールドは辺鄙な場所がほとんどだ。主要幹線道路すら未舗装、または穴ぼこだらけという国も珍しくない地域では、移動のためにフル装備の大型四輪駆動車を用いる必要性に迫られたり、軽飛行機で飛ばねばならないなど、とかく経費がかさむ。さらに、道路網が整備されていないということは、時として燃料の補給や車の整備/修理もままならないことを意味する。

 ところが南アフリカは、サハラ以南のアフリカ諸国の中ではダントツの経済発展を遂げている国であり、綺麗な道路が国土の隅々まで敷かれていて移動が極めて楽なのだ。主立った国立公園も、その大半を安いセダンのレンタカーで訪れることが可能なほどだ。感覚としては、西ヨーロッパで旅をする時に近く、およそアフリカとは思えないレベルだ。そして南アフリカをハブとして活用すれば、隣国のナミビアやボツワナにも容易に活動範囲を広げられるため、とても都合がよいのだ。

 2つ目は、国立公園や動物保護区の充実度。この点でも、南部はアフリカの他地域よりも秀でている。“動物保護区”や“自然保護区”と呼ばれる場所はアフリカ各地に数あるが、保護区とは名ばかりで、密猟により動物がほとんどいなくなっていたり、法外な入園料を取られたりすることがままある。そんな中で南アフリカ、ナミビア、ボツワナは、いずれも環境保護に力を入れてきた国々だ。南アフリカのクルーガー国立公園などは、創立からすでに100年以上が経過しているし、ボツワナは動物保護区に指定されている土地の面積が国土の11%にも及ぶ。

アフリカゾウの群れ 南アフリカ東部、クルーガー国立公園の川に集まるアフリカゾウの群れ。ニコンD7000+AF-S VR 70-300mm f4.5-5.6G、絞り優先オート(F9、1/1000秒)、ISO640

 ただし、これらは場所によっては地元住民を追い出して制定された経緯もあり、土地の所有権や資源へのアクセス権などを巡ってもめ事を生んでいるので、手放しで喜べるものではないことは捕捉しておく。

 3つ目が、現地の自然環境や動植物などに関する詳細な情報が手に入るかどうかという問題。フィールドワークは、ただ現地に行けば成立するというものではないし、私は研究者ではない。写真を撮る上でも、自らの好奇心を満たす意味でも、情報源は絶対に必要だ。この点南アフリカでは、動物学や生態学の研究が盛んなだけでなく、数多くの素晴らしい書籍が現地で出版、販売されている。これは大陸の他地域ではまったく見られないことだ。

 アフリカの国々の大半では、博物学や動物学の研究は、欧米の研究機関によって行われてきたため、情報は全て本国に持ち帰られ、そこで論文となってきたからだ(なぜ南アフリカだけがこのように例外的な存在なのかは、植民地統治の歴史や白人入植者の文化、アパルトヘイトなどに言及せねばならず、いささか長くなるので、別の機会に書いてみようと思う)。

 政情や治安が安定していることも、活動地域を決める上での重要な要素だった。一言に自然写真を撮り続けると言っても、海外の、それも発展途上国で長期に渡り撮影を行うには、常に現地の治安状況や政情を把握しておかねばならない。残念ながらアフリカ大陸は、悪政や部族・民族対立、宗教間・宗派間対立など、大規模な治安悪化や紛争につながりかねない “火種”を抱えている国が非常に多い。しかも、それまで平和だった国の秩序が、突如瓦解してしまうことも稀ではない。現地でのお膳立てやサポートなしに、単独で行動をするとなると、こういった地域特有の現状には特に敏感になっておく必要がある。トラブルに巻き込まれても面倒を見てくれる人はいないからだ。

 そして「触らぬ神に祟りなし」だ。何をやるにしてもある程度のリスクは覚悟せねばならないが、写真に収めたい被写体や訪れてみたい場所があるからといって、人がドンパチをやっているところにわざわざ飛び込んで行くほど私は物好きではない。その点ナミビアやボツワナ、南アフリカは、少なくともこの20年ほどは政情が割と安定していて、政権交代も選挙によってスムーズに行われてきた経緯がある。

南部アフリカでのキャンプの様子 南部アフリカはキャンプサイトなど、国立公園の整備も行き届いており、比較的安価に滞在が可能だ。ニコンD300+AF-S 17-35mm f2.8D,絞り優先オート(F6.3、1/25秒)、ISO500

 自然写真家である以上、自分が心底好きな場所で、誰に邪魔されることもなく可能な限り多くの時間を過ごし、心ゆくまでシャッターを切りたい。しかし、情熱とロマンチシズムだけで望みが叶えられるほどアフリカは甘くない。フィールドにたどり着くには、人の世の煩わしい現実と向き合わねばならないし、回避したほうがよい危険も存在する。その意味で南部アフリカは、自然環境、社会・経済状況、治安などの面で好条件がそろっている実にありがたい土地なのだ。

【お知らせ】「デジタルカメラ 超・動物撮影術」を上梓

デジタルカメラ 超・動物撮影術 「デジタルカメラ 超・動物撮影術」

 先日アストロアーツから「デジタルカメラ 超・動物撮影術」というムック本が発売となった。ペットから野生動物まで、さまざまな動物の撮り方を解説した本となっており、私もアフリカでの作例を用いて、いろいろなシチュエーションでの撮影方法や、機材に関するページを担当している。動物写真に興味をお持ちの方に是非ご覧いただきたい。


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