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カラハリ砂漠でチーターの狩りを狙う山形豪・自然写真撮影紀

アフリカの野性を象徴するチーターの狩りを撮るにはとにかく時間をかける必要がある。

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 チーターが大草原を疾走しガゼルを捕らえる姿は、アフリカの自然が持つ力強さや過酷さの象徴であり、誰もがテレビで一度は目にした経験を持っているのではないだろうか。しかし、あのたかだか数秒の場面を撮影するのにどれほどの手間と時間と運が必要かということについて、視聴者が知らされることはない。

山形豪・自然写真撮影紀
2頭の子供を連れたチーターの母親。ニコンD810、F7.1、1/1600秒、ISO1250、レンズ:AI AF-S Nikkor ED 500mm F4D II(IF)

 例えて言うなら、あれはゴールの瞬間だけを集めて見せるスポーツ番組のサッカーダイジェストのようなものだ。しかも、場所と時間が分かっているサッカーの試合と違い、相手は広大なサバンナを自由に動き回る動物だ。いつどこで狩りをするかが決まっているわけではないし、頻度も決して高くない。さらに、優秀なハンターではあっても、実はチーターの狩りの成功率は4割程度だ(それでも大型ネコ科の中ではもっとも高い数値なのだが……)。追跡をするところまでは見られても、実際に獲物を捕える場面はそうそう見られるものではない。

 5月の末、私は南部アフリカのカラハリ砂漠に位置する、カラハリ・トランスフロンティア・パークという動物保護区にいた。今回は2週間ほどを現地で過ごし、さまざまな野生動物を追ったが、中でも大きな目標はチーターのハンティングシーンを撮影することだった。カラハリ砂漠はその名の通り非常に乾燥した土地だ。植生がまばらで開けているため、待ち伏せではなく走って獲物を追うチーターにとって都合がよい。さらに、撮影者にとっても、相手を遠くから発見できる上に、遮蔽物が少ないというメリットがあるのだ。

 チーターの狩りを撮影するための第一歩は、当然ながら相手を見つけることだ。これが意外に難しい。彼らは獲物を求め、常に広範囲を移動しながら暮らしているためだ。しかも、あの黄色に黒の斑点というカラースキームは、非常に効果的なカムフラージュだ。今回フィールド入りしてから最初のチーターを見つけるまでに4日かかった。出会ったのは大きな子供2頭を連れた母親だった。

 相手を見つけたら、行動や見かけから腹を空かせているかどうかを確認する。もし腹がパンパンに膨らんでいたら、獲物を食べたばかりなので、数日間は何もしない可能性が高い。チーターは平均して3〜4日に一度エサにありつけないと生きてゆけない。逆にいうと、一度満腹になったらそのくらいの間は何も食べずにいても平気なのだ。

 この日出会った3頭は、腹部はへこみ、頻繁に周囲を見回しながら、少し移動しては木陰で休憩するという行動を繰り返していた。母親が尻尾の先を小刻みに左右に振っていたことからも、腹が減って苛立っていることが見て取れた。子連れの親は、食い扶持が多い分、普段より頻繁に獲物を捕らえねばならない。チャンスがあれば(獲物が見付かれば)狩りをする可能性がかなり高いと踏んだ私は、この3頭に張り付くことにした。

 移動と休憩を繰り返す相手を監視するのは決して楽ではない。チーターもネコである。つまり1日の大半を寝て過ごす。しかし相手が木陰で横になっている間も、こちらは目を離すわけにはいかない。油断して居眠りをしている隙に姿を消されてしまっては元も子もないからだ。問題は他にもある。ターゲットが丘の反対側など、こちらの目の届かない場所に行ってしまった場合、保護区内の規則により、こちらは道を外れて車を走らせるわけにいかない。そんな時は、予想される相手の進行方向に先回りして、再接触を試みるしかない。

 結局この日、付近に獲物がいなかったため、チーター親子は数キロメートル移動したところで日没を迎えた。私は宿営地に戻らねばならなかったが、次の日も追跡を続行することにした。チーターは大型ネコ科の中で唯一昼行性であるため、夜間に狩りをすることはない。そのため、こちらが接触できない時間帯にエサにありついてしまう心配はなかった。

 翌朝、日の出とともにキャンプを出発し、まずは前日最後にチーターを見たエリアへ向かったが、彼らの姿はどこにも見当たらなかった。ただし幸いなことに、車道を渡った際の真新しい足跡が路面にくっきりと残っていた。これで彼らがまだ移動を続けていることと、その方向は確認できた。また、付近にはガゼルの姿が皆無であったため、まだ何も食べていない公算が高かった。

山形豪・自然写真撮影紀
早朝、路面に残されたチーターの足跡。ニコンD4、F7.1、1/80秒、ISO500、レンズ:AF-S NIKKOR 80-400mm f/4.5-5.6G ED VR

 午前中はいくら捜索しても3頭の姿を見つけられず、ようやく再発見できた時には、陽がすでにだいぶ傾いていたが、相変わらず母親はしきりに辺りを見渡し、尾をパタパタと振っていたので、まだ空腹のままだった。この後またしてもタイムアップとなり、追跡は3日目に突入する運びとなった。

山形豪・自然写真撮影紀
チーターが行動を起こすまで、張り込みを続ける。待ち時間は長い。ニコンCOOLPIX AW110

 3日目の午前10時ごろ、チーター親子は初日遭遇した場所から20キロほど離れた地点にいた。そしてついに、彼らのはるか前方に8頭のガゼルが現れた。母チーターはガゼルの存在に気付き、その体に緊張が走った。彼女の考えていることは私にも手に取るように分かった。ガゼルたちがいたのは、左右を傾斜の緩やかな砂丘に挟まれた浅い谷間だった。谷底は開け過ぎていて、身を隠しながら接近するのは無理だった。

 チーターは地上最速の動物であり、全力ダッシュ時の最高速度は時速100キロメートル以上に達する。ただし、スタミナがないため、トップスピードで走れるのはほんの一瞬で、300メートル以上獲物を高速で追跡することはできない。また、俊足のガゼルが標的の場合、相手に気付かれることなく50〜80メートル程度の距離まで接近してから走り出さねば狩りは失敗に終わる。この時、身を隠しつつ距離を詰めるには、左右どちらかの斜面の裏から回り込むしかなかった。ガゼルたちは彼女から見て右側の斜面の近くにいた。となれば選ぶのは右斜面の裏だ。案の定、彼女は獲物たちの数百メートル手前から斜面を登り、砂丘の裏へと姿を消した。

 ちょうどその斜面の麓に沿って車道が走っていたので、私は先回りして、ガゼルを右手(運転席側)に、斜面を左手に見る形で車を停め、カメラに500ミリのレンズをセットした。時刻は10時45分。いつ丘の向こうからチーターが駆け出してきてもおかしくない。汗ばむ手でカメラを握り、ファインダーの中にガゼルたちを捉えたまま私は待ち続けた。緊張している時は、1秒、1分という時間の経過が本当に長く感じられる。

 そして午前11時25分、突然ザザッ、ザザッというリズミカルな音と共に、しなやかな黄色い陰が目の前を横切ったかと思うと、たちまちガゼルたち目がけて突進していった。「来たっ!!」と私が思ったのとほぼ同時に「ブイーッ!」という尻上がりに甲高いガゼルの警報が響き、辺りは大パニックになった。自分が狙われていることを悟ったガゼルは、猛スピードで逃げながら何とか迫り来る危険を振り切ろうと、右に左に急ターンを繰り返した。

山形豪・自然写真撮影紀
チーターの全力疾走と逃げるスプリングボック(ガゼル)。ニコンD810、F11、1/2500秒、ISO1600、レンズ:AI AF-S Nikkor ED 500mm F4D II(IF)
山形豪・自然写真撮影紀
ニコンD810、F11、1/2500秒、ISO1600、レンズ:AI AF-S Nikkor ED 500mm F4D II(IF)

 私は必死に追うものと追われるものとをファインダーに捕らえシャッターを切った。しかし、両者は瞬く間に遠ざかり、行く手に立っていた大きな木の裏にその姿が消えた。木立に視界を遮られた私はターゲットを完全に見失った。数秒後、はるか左手にチーターの姿を確認した時、彼女はすでにガゼルののど笛に噛み付いて獲物を押さえ込んだ後だった。

 こうして私は、3日間の追跡の末、チーターのダッシュまでは撮れたものの、獲物を倒す決定的な瞬間を逃した。さらに言うなら、向きも悪かった。私の位置から離れる形でチェイスが起きたため、全力疾走を撮れたとは言え、それは後ろ姿のみである。時間帯も光が一番フラットな昼間だったので、その点に関しても満足はしていない。

 夕方か早朝の赤い斜光の中で、死に物狂いで逃げるガゼルとそれを猛追するチーターが土埃を巻き上げながら全力で飛ぶように走る姿を正面から撮った写真。それが私の“ドリームショット”の1つだ。実現のためにはもの凄い数の条件が一気にそろわねばならないが、フィールドに入り続け、写真を撮り続けていれば、そのチャンスはいつか訪れるだろうと信じている。

【お知らせ】「デジタルカメラ 超・動物撮影術」を上梓

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「デジタルカメラ 超・動物撮影術」

 先日アストロアーツから「デジタルカメラ 超・動物撮影術」というムック本が発売となった。ペットから野生動物まで、さまざまな動物の撮り方を解説した本となっており、私もアフリカでの作例を用いて、いろいろなシチュエーションでの撮影方法や、機材に関するページを担当している。動物写真に興味をお持ちの方に是非ご覧いただきたい。


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